《SHOW》ミナモザ / 夜の花嫁
ミナモザは初めて拝見しました。
私はフライヤーやポスターを見掛けて、ぶらっと観に行くことが多くて、今回もそれ。
そうやって観に行くときには、極力フライヤーに書かれてあること以上の情報は入れないようにします。
そのほうがフラットに“作品”が観れる。
最近、席まきのフライヤーに“この公演の見どころ”やら“人物相関図”やらを折り込んでるところがあるけれど、私はアレが大嫌い。
配られても、絶対に開演前には読まない。
物語をよく理解してもらいたい、ということかもしれないけれど、事前に情報を入れておかないと楽しめないようなモノをお金払って来ている客に観せるって、どんな料簡よ?!と思う。
でまた、そういうものに限って、やってる人たち──作家、演出家、演者の独りよがりでつまらない作品であることが多い。
歌舞伎やオペラ、バレエなんかは確かに、楽しむためにはお客さん側にある程度の教養は要求されるけど、ソレとコレとは話が別。
必要なものとそうでないものをちゃんと精査した上で、板の上に載せてくれ、と思う。
《夜の花嫁》はその辺から、もう、私の好みでした。
席まきは、キャストとスタッフの名前が書かれてある、ペラッと1枚にアンケート、会場関連・役者関連のフライヤーが数枚、とシンプルなもの。
白い部屋、ステージ奥にテラスに向かう窓、中央に丸テーブルと3脚の椅子、上手に青いドア、下手にソファ。
音楽が徐々大きくなり、暗転。
真っ暗の中で、女が喚く。
気が付くと椅子に括りつけられていたという女は、それを自分の妹の仕業だと思い、妹を呼び続ける。
そのひとり喋りが、まあ凄いこと。
真っ暗だったから長く感じたのかも知れないけど、それでも優に5分、適度なスピードで、全然噛まないで、ひとりで喚く。
長台詞、って早口になりがちだけど、縛られているおしゃべりな女が「ほどけ!」と喚いている、という状況ならちょうどいいスピード。
で、この長台詞が鍵、だった。
おしゃべりな女を縛ったのは、部屋を訪れた5人の革命家。
おしゃべりな女は、耳の聞こえない妹と、この海辺の家でふたりで暮らしている、という。
女は、革命家たちの話を聞きたがる。。。
この浜辺の陽は沈まない。
という、ところぐらいから、夢オチだなあ、と心の準備はしていたんだけど、おしゃべりな女は女神か魔女のどっちかだろう、とタカを括っていました。
夢の持ち主がおしゃべりな女だとは思いもしなかった。
おしゃべりな女が何故おしゃべりなのか。
おしゃべりな女は何故人の話を聞きたがるのか。
そして妹は何故耳が聞こえないのか。
すべてにOKなオチ、なおかつ映画やドラマのような映像作品では現せない、生のお芝居ならではの決着で大満足。
筋以外でも、照明・音楽の使い方が繊細で、物語に集中することが出来た。
思いがけず、いいものを観ました。
次回公演は年末になるとのこと。
今年の愉しみがまたひとつ増えました。
2006年04月04日 SHOW トラックバック:0 コメント:0